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クルマにイタズラするヤツは死ぬべきだ(某イエス風)

違法駐車を通報されたら、逆恨みで通報者のクルマに塩入り醤油をぶっかけ、その様を誇らしげにブログに書いてた女子大生がおったようです。

駐車を通報された女子大生「彼氏が通報者の車に醤油かけて仕返しした」(ガジェット通信)

要約すると、夜中にだりん様(カレシ)の家に遊びにいったら違法駐車を通報されたらしい女子大生。

私達も負けないくらい性格が悪いので「捕まらない程度の嫌がらせしよーぜ。」と企み」、通報者のクルマに醤油をぶっかけたそうです。しかもよく錆びるようにと醤油に塩を混ぜて…。

この逆恨みの復讐劇だけでも、クルマ好きには憤懣やるかたないのですが、この女子大生、言うに事欠いて、こんな名言をぶっぱなしていました。

まぁ完全な逆恨みだけど
世の中こうゆう人間も
いるんだから善人ぶって
余計なことはしないべきだよ、
オバハン。

トラブルの原因だよ。

バカとかキ○ガイとか、そういうレベルを超越した頭の悪さです。

そもそも、トラブルの原因を作ったのはこのバカ女なわけで、「性格が悪い」から通報しているのではなく、邪魔であり違法だから通報されてるわけです。
通報されたことに逆恨みするのは結構なことです。私もスピード違反で捕まったときにゴネまくった記憶があります。
しかし、通報者に仕返しをするというのはもう完全にアウトなわけで、そもそも、自分が迷惑をかけたという視点が欠落していることも痛いのですが、さも「私たちに逆らうと仕返ししちゃうよwww」的な幼稚な思考の大学生がいるということも衝撃です。

大学生っていうのは、いつからおバカさんでもなれるようになったんでしょうね?

しかもこの人、高卒や中卒のフリーターを、自分が大学生だからといって散々見下し、こういっては何ですがFラン大学の学生の分際で格差社会を語っておられます。
そもそも、こんなレベルの大卒が増えたせいで、大卒というだけでは仕事にありつけない現実になっていることに気づけないのでしょうか?

行為を見てもわかりますが、大学という一応最高学府に所属している学生としては思考力も想像力も欠落しております。

おそるべきゆとり脳、というところでしょうか。

彼女が散々バカにしていた高卒フリーター氏のほうが、社会的には使い物になるレベルなんじゃないでしょうかね?

ついでに、確か実際に傷がつかなくても、悪意を持って汚損させた場合は、器物破損になったはずです。
この被害者が汚損について警察に訴えた上で、刑事告訴したら刑事罰と同時に民事的にも賠償責任を負うことになるわけで。

まあ、余裕の前科です。散々バカにしていた高卒フリーターよりもさらに後ろの位置から社会人としてスタートしなきゃいけない事になりますが、おそらく自分では優秀だと思ってるらしいので「大卒としてこれくらいのハンデあげなきゃw」とか思ってるのかもしれませんがw

それにしても、古くはエアロバキバキなどから、なぜ自分の犯罪自慢をするおバカさんが後を絶たないのでしょうか?

エントリーそのものの文章を見ると、自己顕示などは薄く、むしろ仲間内に「不愉快なことがあったから、仕返ししてやった。俺(私)は悪くない。あいつのせいで不愉快だった」ということを伝えたいという意図が見え隠れします。

まあ、そういう反社会的な行為をブログに書いても眉をしかめない友人だらけの環境ってところで、こういうエントリー書いちゃう人は十分にDQNであるというのは間違いないと思うのですが、それにしてもブログというものは、いちどWebの世界に解き放たれれば、不特定多数に見られる可能性があるという事を認識しないといけません。つまり、主のDQN仲間以外の正常な人たちにも見られる可能性がでてくるわけで。

ブログに書いたところで他人には関係ないとは言っても、ブログにはコメントやトラックバックといった読者のレスポンスを受け付けるシステムがあり(なければブログではないわけですし)、加えてあまりに目に余る反社会行為の場合は、警察や所属する会社、学校などに通報されても仕方ないわけです。

なので、自分のブログなので、自分が好きなように書いた、お前らには関係ない、というわけにはいかない場合も出てきます。
本人は仲間内に書いたつもりでしょうが、実際はWebを通して「社会」に対して、書いているのです。ならば、仲間以外にも「社会」からレスポンスを受けるのは当然といえるでしょう。

そもそも、ブログと日記はノットイコールなわけで、個人の事情や状況、行為を報告する場ではありません。
そのような用途で使われているブログが有名になり、アクセス数水増しで有名な男の子牧場とかやっちゃったバナー屋さんのブログシステムのように、芸能人をひっぱりこんで日記を書かせてしまったことから、日本国内では「日記」としての使われ方が多いようです(実際、このブログも「ゆきのなえなえ日記」なわけですし)。

しかし、本来日記というものは他人に対し秘匿するものであり、鍵をかけて家族にすら見せないということすらあるくらい、超プライベートな代物です。

それがインターネットに対する不確かな知識と、テレビなどで植えつけられた自己顕示欲、さらに教育の不足によるリテラシーの欠如といった、本来常識として備えてるべき様々な要素が実装されないまま大人となってしまうと、本来自分の内だけにしまっておくべき行為を誰かに見せびらかすという、「私」と「公」の区別のつかない欠陥人格が完成してしまうようです。

家庭、地域、学校と、あらゆる教育の機会において、彼らはまともな「人間」となるべき教育や訓練を施されないまま(あるいは自ら拒絶して)大学生となった。
結果として、エアロバキバキやら醤油ぶっかけなどという小学生レベルの低脳行為を起こした挙句自ら晒すという、恥ずかしい行為をやってもはばからないおかしな人格が形成されてしまったのでしょうね。

このような、恥ずかしい人間にしないために、家庭では基本的な「人間」としてのモラル教育を施し、また子供を育てる地域にしても、いわゆるDQNが多い地域には住まない、最寄の学校がDQNネームの子供が多く、また学級崩壊が深刻化しているなど問題が多い場合は、学区を変えてもらうか、私立に通うなど「子供を守る」努力をしないといけませんね。

子供を自由に育てるということと、責任を放置することはまったくの別問題ですし、子供の行いのせいで、親や親族一同重大な責任を負わされる可能性だって無くはありません。

なにより一番不幸なのは、おバカさんに育ってしまった子供自身なのですから。

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日本の水が危ない!?

中国資本が、日本の水源地買収をはじめたようです。

すでに中国では、北京近辺でも水がないと言われるくらいの強烈な水不足であり、それを賄うために他国の水源地を買いあさりはじめているようです。

また、水源を抑えられたら日本人は生活ができません。

幸い、まだ中国資本に水源地を売り渡した地方自治体などはないようですが、例えば企業の私有地になっていた場合、M&Aなどで強引に買収され、土地を奪われる可能性もあります。

これは、大変危険なことです。
経済侵略と言っても、言い過ぎではないかもしれません。

このような自体になっているのは、林業の衰退によるものらしいです。
昨年派遣切りにあわれた人達は、林業に就職したらいかがでしょうか?

過酷な仕事ではありますが、身体がなまることもなく健康な身体を手に入れられますし、なにより「国を守る」という高邁な仕事ができそうです。

ともかく、水と食料は自給が基本!
頓珍漢な経済政策を打ち出す前に、人間の、生活の基本というものを守る政策を、国会議員の皆様にはお願いしたいですね。

ああ。

そういえば、中国様にこびへつらいたいおかしな政党もいくつかあるようですね。
危険ですので、投票はしないようにしましょう^^

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JRのグリーン車について思う

昨晩の記事を書く上で、ちょっとJRのグリーン車についていろいろとググっていたのですが、気になる記事を見つけたのでピックアップさせてもらいます。

“何かヘンだぞ!JR” グリーン車編

ライブドアニュースには、PJ(パブリックジャーナリスト)というのがいるらしく、一般ユーザーが1050円の受講料を払って資格を得ると、ライブドアニュースの記者になれるんだそうです。

てかまぁ、記事の最後に「※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。」と書かれている時点でジャーナリズムのかけらもないような気がしてならない気もしますが、これがライブドアの考える「これまで日本では手付かずだった市民ジャーナリズム(パブリック・ジャーナリズム)の道を切り開いてまいります。」ということらしいので、責任分散っていい考えですねってことで納得しておきましょう。

さて、今回の記事。どうも私とグリーン車の考え方の「視点」が違うと思ったので、記事を参照にいろいろ書かせていただきます。

まず、グリーン車とはなんなのでしょう。

簡単に言えば、通常の運賃に、そんなに安いとは言えない上乗せ料金を払って乗ることができる「上等車」です。

なお、上等車とは言っていますが、乗る資格は「グリーン料金を払える」ということだけであって、身分を問われることもなければ国籍や出生地によって制限されることもありません。
例えば、社会的な観点から言えば下層であろう派遣社員の私は、幹線に長時間乗る場合は必ずグリーン車を使います。しかし「派遣社員はグリーン車に乗るな」と言われたことはありません。

つまり、料金を支払うという最低条件さえクリアできれば、基本的には誰でも利用ができる車輌が、グリーン車です。
なぜこのようなことを前提として言うのかは、いずれ分かると思います。

さて、この記者は「グリーン車は料金のわりに快適さがない」と言いますが、グリーン車愛好者の私には、ちょっと首をかしげるところが多々あります。

以下、引用。

では、グリーン車は、高額な料金を支払ってまで乗るほど価値のあるすばらしい車両だろうか。座席はリクライニングシートで、ゆったりとした作りになっている。停車駅ごとの乗客の出入りは少ない。室内がちょっときれいな気がする。数十分の乗車で感じるのは、その程度である。

ええと、この人は不感症なのでしょうか?
当たり前ですが、一般車両と比べ、サスなどの姿勢制御構造が全然違います。なので揺れがほとんどなく、また静音性にも優れているため、静かで疲れない旅(通勤)が約束されます。
自動車などでもそうですが、乗り物に乗って人間が疲れる要因は「揺れ」「振動」です。ゆえに高級車などでは、アイドリング時も含めエンジン振動がキャビンに伝わらないような構造にしたり、路面状態に関わらず揺れを抑える高性能のサスペンションが使われています。
私は鉄の人ではないので、鉄道の詳しい構造などを説明することはできませんが、そんな素人の私でさえ、JRのグリーン車の制振動性や静音性は優れていると分かります。
(そのせいでかえって、隣人の話し声が大きく聞こえるくらいです。グリーン車での通話はほんとやめてほしいものです)。
加えて、この記者も(少しだけ)認めているリクライニングシートの効用で、長時間の旅(通勤)もだいぶ快適に過ごせます。

これだけで十分ではないかというか、客車に求められる性能というのはシートに座った時の快適性と、移動時に感じる疲労やストレスの減少ではないかと思うのです。

この記者は、以下のようにデメリットを述べます。

まず、JR東日本が増やす傾向にある2階建のグリーン車は階段が狭く急で、上の階に行くにも、下の階に行くにも、人とすれ違えない。また、座席のスペースを広く取った分、通路もとても狭い。つまり、車いすやベビーカーの乗客は、「はじめからお断り」の構造なのである。2階建構造になっていないスペースも一部あるが、席数は圧倒的に少ない。お年寄りや体が不自由な乗客に優しいとは言いがたい車両であることを指摘しなければならない。

まず当たり前ですが、2階構造の車輌は、老人はともかくベビーカーの仕様は想定されていません。
付け加えるなら、グリーン車というのはボランティア車輌ではなく、あくまで「追加料金を払った人間」に「快適な旅を約束する」車輌であって、障害者や老人、妊婦や子連れ客を快適に運ぶことを目的としたものではないのです。

こういうと差別主義者だのと、主に朝日読者方面から言われそうですが、しかし事実なのだから仕方ありません。
ただし、グリーン車が先にあげた人々を拒んでいるのかといえばそうではなく、記事にも書かれていますが、出入り口付近の1フロアのエリアは、段差もなく身体が不自由な方やご老人でも気楽に利用が可能です。実際、私の父は障害者なのですが、階段はコワイという理由でグリーン車ではこれらの1フロア部を利用しています。

利用客の比率から言えば、健常者の利用率の方が上記のような方々よりも多いわけで、健常者の方を多く乗せるという意味では、2階建車輌は理にかなっています。また、記事では少ないと言われていますが、健常者と上記のような方の比率を考えると、この程度で十分ではないかと思われます。
なにも全てをバリアフリーにする必要はないわけです。車椅子の方は一般車両の方に専用スペースが設けられていますし、わざわざ有料であるグリーン車に車椅子のスペースを確保する理由はないと思います(混んでいる時に、一般車両に乗らないといけないのは気の毒とは思いますが…。しかし、それは健常者も同条件です)。

また、2階建構造であるがゆえに、グリーン車の数が2両で済んでいるという事実も忘れてはいけません。
仮に2階構造にしなかった場合、車輌のキャパシティは大幅に減りますし、2階建車輌と同じ収容数にするため、グリーン車を4両にするのもナンセンスです。

この記者は構造をもって批判をしていますが、なぜそのような構造になったのか、というところを考えることを忘れているような気がしますね。要するに、批判のための批判、といったところでしょうか。とても納得できるところではありません。

結論として、この記者はグリーン車は「金持ち」のための車輌であり、その存在が格差社会を象徴していると言いたいようです。

これは、「良い事実」としてかまわないと思うのです。

私が知っている大会社の社長は、必ずグリーン車を使います。理由は「一般人と乗りたくない」ためです。
この発言にカチンとくる方は多いでしょうが、しかしてこれは決して身分意識からくる差別感情では決してないのです。
実際、その社長も、一代で身を起こして大企業を作られた方ですから、庶民に対して差別的な感情を持つはずがないのです。

まず、有料車輌では不愉快な同乗客に遭遇する確率がだいぶ減ります。
有料であるがゆえに、良い意味で客の選別がなされ、結果として列車内で不愉快な行動をとる同乗客と一緒に「我慢しながら」電車に乗る、という状況を減らすことができます。

唯一の問題は、酒の匂いとサキイカの匂い、また弁当などの料理の匂いが充満しやすいという点ですが、これは食事がしやすい構造のシートのため、仕方ないと思います(私もよく駅弁を買って、お酒を飲みながら乗っていますし)。

しかし、電車の中を走り回る子供を叱らない親や、とっぽいDQN系の若者など、社会的な程度が低い上客と遭遇する確率は大きく減ります(0ではないところが哀しいのですが)。

前述の社長も一般人と一緒に乗ると、このような意識の低い客と同乗し不愉快な気持ちになるから、一般車両に乗りたくないわけです。

例えばこの前、宇都宮線でいまだ電車内でタバコを吸っているオッサンがいました。
また東急多摩川線では、若いホームレスが恐ろしいほどの垢の匂いを発しながら、シートに横たわって寝ていました。そのホームレスは、終着駅で起こされると、一度車輌を降り、また電車に乗り込んで寝ていました。

利用客の多くは朝の通勤で、これから会社に出かけようとしている人々です。
そのような人々を差し置いて、不愉快な匂いを放ちながらシートにねそべりいびきをかくホームレス。
確かに、基本的人権は全ての人間に平等でかまわないと思いますが、しかし社会になんら貢献していない人間が、これから社会の歯車になりにいく人々を差し置いて、このような行為を行っていいのか、私は正直疑問に思います。
(だからといって、ホームレスを廃絶せよとは言いません。生き方に選択権があるのは当然ですから。ただし、「わきまえてほしい」という気持ちはあります)

いまだもって、このような人間が電車に乗ってくる時代です。
人間による「不愉快」を避けるために、グリーン券を買っている人もいるのです。
実際、私もグリーン車を使う理由は、これが半分であると言ってもいいでしょう。

そしてそれは、決して差別ではありません。区別です。

その区別を選択できるのがグリーン券の本領とすれば、その価格も然るべき、と思えるのではないかと思うのです。
そして、このような記事のように、悪平等を唱えた結果、誰かが我慢しなければならない状況を生み出すのは好ましくないとも思います。
お金で解決するのが最良とも思いませんが、しかしお金が誰に対しても平等なわけです。
料金も恐ろしいほど高いというほどではなく、年金暮らしのご老人でも(多少)気軽に利用できる料金ではないかとも思います。

たかが、それだけの料金の上乗せを指さし、やれ格差だ差別だと言う風潮は、資本主義社会にとっても、また社会主義的な観点から言っても、あまり好ましくはないのではないか、と私は思うのです。

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日本社会を破壊しようとしている人たち

罪の定義というものが、特定の「保護」という「権利」を持つ人から一方的に押しつけられているような社会になっています。

弱者をいたわる、守る。助ける。互助の考えは大変よろしいと思うのですが、その守られるべき「庇護者」が権利意識を増大させたあげく、おかしな事件に発展することが多々あるのではないかと思われます。

一方で大阪で起きた放置致死事件のように、加護者の権利意識が乏しいせいで、小さくか弱い命が消えることもあるわけで、一言で言えば世の中乱れているなぁ、としみじみ思うわけです。

しかし、権利意識の欠如も増長も実は根っこが同じ問題であって、それは等しく「社会性の欠如」「個人の権利意識の増大」につながるのではないか、と私は考えます。

自分さえよければいい。自分が守られるべきだ、こんなにかわいそうな自分を助けるのは当然だ、自分が不愉快だから、子供を殴り飛ばしていい。自分の子供なのだから、自分が処遇を決める権利があるのは当然だ。

頭がおかしくなってきます。

いつから、こんなおかしな世の中になったのか。

いわゆる権利屋と呼ばれる人達が、自分たちの「メシの種」に、様々な権利を掘り起こしてきている事案も見受けられます。滑稽な事に、彼らは例えば自然を守る権利を主張するため、木々や動物にまで生存権を認めさせようとします。

例えば、干潟の干拓に反対するために、ハゼなどに生存権があるとし、ハゼを原告として国や地方自治体を訴えるわけです。

国や県も、まさかハゼに訴えられるなんて思ってもいないでしょうし、当のハゼだって、人間を訴えようなんて思いもしないはずです。

権利というのは、お互い「ほどほど」でいいのではないかと思います。
自分の権利を主張するのもほどほど。相手の権利を認めるのもほどほど。
それで、いいのではないかと思います。

さて本題です。

「コンビニはどこや。ポスト探してる」 小学生女児が男から声をかけられる…警察は不審者への警戒呼びかける(痛いニュース)

4月26日13時00分頃、東大阪市俊徳町2-8付近で、小学校女児2名が遊んでいたところ、銀色自転車に乗った男が降りて来て「コンビニはどこや。ポスト探してる。」等と声をかけられる事案が発生しました。

男は、大学生風、灰色長袖シャツ、黒っぽい袖無しジャンバー、
ジーパン、黒色スニーカー、銀縁眼鏡着用。

不審者を見かけたらすぐに110番通報をお願いします。

大阪府警察安まちメール

実際に声をかけた大学生風の人がどのような様子だったのか分からないのでなんとも言えませんが、子供に道を聞いたら犯罪になるなんて社会、健全だとはとても思えません。

というより、日本でそれほど児童誘拐事件などが発生しているのでしょうか?

子供が危険と煽り立てているのはマスコミであって、実際の事件件数はいかほどのものなのか。このブログに興味深い資料が記されています(資料屋 ◆bfimNvQTbのブログ様)。

まあ、実際増えてもいないし、多くもないというのが実情のようです。

確かに、警戒するに越したことはないかもしれません。安全と思って事件に巻き込まれることもあるわけですし。

しかし、だからといって無検証に「声をかけた」だけで不審者や犯罪者に仕立て上げるのはいかがなものか。

この、声をかけられた子供達は、なにか実害に遭ったのでしょうか?
声をかけられた、道を聞かれただけで犯罪になるとは、刑法のどこにも書かれてはいません。

単純に言えば、何気ない街角の出来事を、わざわざ事件にしたがっている人達がいるということです。

なにが目的かは分かりません。
ただ、世の中が乱れれば情報の価値はあがるので、ニュースは売れることになるでしょうね。
そういえば最近も、不景気不景気と世の不安を煽りまくった人達がいましたね。
おかげで実態経済が悪化してしまい、本当に倒産の憂き目をみたり、リストラされてしまった人達もいたのではないでしょうか?
同じように、アニメファンやゲームファンを外界の人達とし、諸悪の根源がごとく悪人予備軍と決めつけている風潮も相変わらず残っているわけで。

たとえば、宮崎勤の事件以来、この手の事件は常に「オタク」を犯人と「決めつける」風潮があります。それが徐々に肥大化し、風体のあがらない男性全員を「子供の敵」と決めつけるよう、解釈が拡大されたのかもしれません。

迷惑な話です。
これではかえって、迷子にも声をかけられない、具合の悪い子に手をさしのべられない社会になってしまい、子供の安全も保障されなくなってしまうのではないでしょうか?

子供の権利を守るのはもっともなことではあります。しかし、過剰なまでに庇護し、社会の「カタチ」をねじ曲げてまで、子供の権利と「やら」を守る必要はあるのでしょうか?

もしかしたら、上のような発言をすることさえ、人権派の人達にすれば「悪しき考え」となるのかもしれませんが、私は残念ながら権利という言葉を聞いて思考停止するほどおとなしい脳みその持ち主ではないので(笑)

それにしても、地域社会の互助精神を破壊してまで、お金が欲しい人達がこの日本にいるということは、大変嘆かわしいことです。日本から出て行ってほしいものですね。

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ホントにトヨタ車だった。

昨日ブログのネタにした大阪のひき逃げ事件、本日犯人逮捕の運びとなりました。

その最中、被害者を轢いた車種も明らかになりました。

トヨタのイプサムでした。

まさか、本当にトヨタ車だと思いませんでした。

とはいえ、これは別にトヨタ様の顔色をうかがったというよりは、犯人を逃がさないための報道規制だったかもしれません。クルマの画像をわざわざ解像度落として報道していましたし。

本日になって、どこのメディアも「トヨタのイプサム」と報道しているのだから、トヨタの圧力で車名を言えなかった、という線は消えそうです。

それにしても、オデッセイはいいとばっちりでした。

しかし、クルマに詳しくない人にしてみれば、ミニバンは全部「オデッセイ」かも知れませんね。ミニバンっていうカテゴリー名が分からなければ、形状の似ているクルマで、知っている車種を言うしかないわけですし。

そう考えると、オデッセイはミニバンカテゴリーではもっとも著名であるっていう証拠。
濡れ衣着せられたのは残念だけど、真犯人イプサムも見つかり、晴れて汚名返上。良かったんじゃないでしょうか?

しかし。
もし、「エスティマみたいなクルマ」と、目撃者が証言したら、マスコミはエスティマって報道したのでしょうか。

広告費の事もあるし、トヨタのイメージを傷つけるとダイレクトに収入に影響するので、結局「ミニバンタイプ」とか言いそうですネ!

だったら今回も、最初から「オデッセイ」って固有名詞使わず、ミニバンタイプとでも言っておけば良かったんじゃないでしょうかね?

まあ、過ぎたことなので、これ以上考えないことにしましょう。

以下、私信というか。

最近、私のブログにもいろいろなトラックバックがつくようになりました。

このブログを始めたころ、アダルティックなトラックバックばかりついてたので、最近まで受け付けない事にしていたのですが、一日のアクセスが100を越えるようになったので、様々なブログのトラックバックを受け付けてみようと思い、許可してみました。意見の交換などにもなるでしょうし、ブロガー同士で交流とかもてたらいいなと思ったりしています。

しかし、相変わらずアフェリエイトサイトからのトラックバックが多いので、管理人の許可により公開するスタイルになっております。

基本的に、言論系や情報系のブログからのトラックバックはお受けします(なんか偉そうですが)。しかし、ブログを拝見し、アフェリエイトが多めであったり、アフェリエイトしかないようなブログだった場合、公開を許可しません。このあたりは、私の判断に因るところです。

なりふり構わずトラックバックを送ったり、コメントに誘導URLを張りつけるのは感心しません。どっかの誰かののお小遣い稼ぎのために、ブログの管理人が不愉快な思いをしていると、少しは想像力を働かせてもらいたいものです。

私が楽天ブログでやっているストームコーザーなんか、見れば分かりますが、コメント欄がエロコメントだらけになっています。
まあ、楽天のやることなので仕方ないと思うので、消すのも面倒だし放置しています。運営会社の品格が疑われますね。楽天だから仕方ないと思いますが。

こちらのブログでは、そのようなエロサイトへの誘導コメントや宣伝コメントを見つけた場合、容赦なく削除します。

というか、コメすんな。

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馬鹿どもにクルマを与えるな!

知ってる人は知ってると思いますが、かの海原雄山先生の名言です。
美味しんぼ、山岡さんと栗田さんが結婚するところまで全巻持ってたんですけどねぇ。

さて、大阪で怒った凄惨なひき逃げ事件。警察の懸命の捜査により、犯人がほぼ特定できた模様です。

ウワサでは、犯人は黒のオデッセイを乗っていたとのこと。それが、とある会社の所有物(社用車)で、犯人とおぼしき20代の社員が消息を絶ったところから、特定が進んだ…ということらしいです。

でも、マスコミ系のニュースサイトでは車名出てこないですね。
なんですかね、オデッセイではなくトヨタ車なんでしょうか?

事件については、今更説明するまでもありませんが…。
酔って車道を渡っていたサラリーマンを、早朝猛スピードで走ってきたステーションワゴン(ウワサではオデッセイ)に轢かれた
その後、3kmに渡り被害者を引きずり、絶命させたとのこと。被害者には幼い子供と、身重の奥さんがいたこともあり、凄惨な事件への怒りとひき逃げ犯への憎悪がネットを中心として世間に広がっていました。

それにしても。最近はひき逃げが流行しているんでしょうか?
免許を取るときに人身事故を引き起こした時の応急処置などを学ぶはずですし、そもそも「重大事故を起こさない」ことを担保に免許をもらっているはずです。

過失では仕方ありません。うっかり速度を出しすぎて事故を起こした、なんて事も、あってはいけませんが、油断と注意力不足という意味では(事前に速度を出していたこと、危険走行を行ったことを省いては)、誰でも起こしうる過失と言ってもいいかもしれません。

しかし、飲酒運転の後重大事故を起こして逃走、水を飲んで体内のアルコールを薄めて自首をしたり、罪に問われることを恐れて、自らケガをさせた相手を放置して逃げる、もしくは車体に絡まった被害者をそのまま振り落とそうと蛇行運転を繰り返しながら引きずるなど、正直鬼畜にもとる行いです。人間ではないと思っても過言ではありません。

なぜ、「事故を起こさない」ことを「前提」に「免許」を発行してもらっているにも関わらず、救命の義務もろくに守らず意図的な「殺人」を行う人が後を絶たないのでしょうか。

過剰すぎる、クルマの安全装備のせいでしょうか?
事故を起こしてもフォローアップしてくれる自動車保険のせいでしょうか?
それとも、パワー溢れ機動性に優れる自動車の性能そのもののせいでしょうか?

当たり前ですが、事故を起こすのは、おおかたドライバーのせいです。

確かに、事故を起こしてしまうと、その重大な責任感が重くなって、現場から逃げたくなる気持ちになります。自分にもそういう経験があります。

しかし、だからといって逃げてはダメなのです。私も、もちろん逃げませんでした。
事故は、長らくクルマに乗っていれば起こしてしまう可能性があります。人を死なせてしまう重大事故に遭うのは稀でしょうが。
私の場合、自分からぶつけたことも、自分がはねられた事も、オカマを掘られたこともあるので(ムダに交通事故経験豊富なのです;)、それぞれの立場というものを知っているつもりですが、それにしても人を轢いておいて、そのまま走り去る、さらには引きずり振り落とすなど、そんな発想はわいてもこないし、どんな理由があろうと理解しようという気にもなりません。
事故を起こしてしまったなら、すぐさま事故の被害を最小限に留めるために行動しなくてはなりません。それも、免許を取得したときに義務づけられているはずですが、果たさずに無責任な逃亡行為を行う人間が後を絶たない。

なぜ、そんなドライバーが増えたのか。
私は「教習所に通って簡単なテストを通れば、誰でも免許が取得できる」という、安易な認証システムが悪いのではないかと常々思っていました。
つまり、技術教習のみで、精神性見ることなく、取得できてしまう免許制度には重大な問題があるのではなかろうかと。
また、その技術教習にしても受け続けていればいつかは通ってしまうわけですし、正直意味があるのか疑問です。訓練の意味合いもあるのでしょうが、それにしても免許取得してからヒドい運転をする人が多々見受けられるので、

一時期、お年寄りから免許を取りあげる事が本気で議論されたことがありました。
地方では自動車の有無が生活の利便性を変えるので、なかなか免許を返却しないお年寄りも多いことと思いますが、逆に都市部などではクルマがなくても生活できるので、自分の衰えが気になるお年寄りは返却してもいいんじゃないかと思います。

そういう意味で、この政策は進めるべきだと私は考えています。

当たり前の話ですが、自動車を乗るには一定の運動能力が必要です。
私の父は筋萎縮症という重病を煩う重度障害者なのですが、クルマが好きなので運転したがっていますが、家族が父の運動能力の低さ(腕が動かずハンドル操作が不安、足が動かずペダル操作がままならない恐れがある)を考え、父に一切運転させません。
若いころはベレットGTに乗っていたほどの父ですが、身体の障害ばかりはままならず、今では渋々家族の言い分(運転するな)に従っています。

この場合、もはや本人の意志とは別に(というか、本人はまだやれる!とどこかの仮面の大佐みたいなことを思ってるらしい)、周囲から十分な運転能力がない=自身の身が危ない、世間に迷惑をかけかねないという我が家の良心から「自重」してもらっているわけです。

しかし、健常者であったとしても、自分の能力以上の危険運転をしたり、反応速度を遥かに超える速度で暴走するのなら、うちの父同様運動能力に疑わしい部分があり、結果として自動車運転するのにふさわしくない存在と断定せざるを得なくなります。
そのような「わきまえない」人が事故を起こして、結果的に逃げたりする。
単純な事を言えば、運転技術の未熟な人間は、たいてい精神性や倫理性も未熟だということです。

私もクルマでヤンチャしてたり、下の写真の人と仕事してたりしてたくらい、クルマとはそれなりに深く関わってきました。

Clipboard
↑ドリフトと言えばこの人。

しかし、やはりクルマが本当に好きな人って、うっかり速度を出して突っ走ってしまったり、誰もいない安全と思われるコーナーでうっかりコーナリングを試したりしてしまう分、町中での走行や人通りが多い道路、事故の危険性がある道路では慎重になるものだと思います。
技術がある分、そのようなリスクコントロールをしっかり行いながら走ってる、というカンジがあります。

大きな幹線道路で、たまにものすごい速度で走っているミニバンとか見かけますが、自動車の性能に乗せられているカスなんだなと思うと同時に、本当に「クルマはコワイ」とは思っていない哀れな人なんだな、と思うときがあります。
縫うように蛇行運転を行っているクルマなんかもそうです。

私はそういうクルマを見かけたら、極力離れることにします。
過信したドライバーがどのような事故を起こすのか、それに巻き込まれることを考えると、3メートル以内には近づきたくないと思うわけです。
背後からパッシングされると、たいてい道を譲ることにしています。
見晴らしのいい一直線の道路で速度を出すことになんの魅力も感じないですし。クルマの性能だけで決まる競り合いに興味はありませんし。

なぜレースでサイドバイサイドの競り合いができるのかと言えば、ライバルに対し強烈な敵愾心を抱くと同時に、ある程度相手のドライビングテクニックを信用しているからです。
公道で、運転技術が分からない相手と競り合うほど愚かしいことはありません。まして、自分が乗っているクルマの限界も理解できていない相手と競り合うようなマネなんかしたくもないわけです。

で、そういうトッポイ運転をしているヤツっていうのは、要するにDQNなんだな、と思うわけです。
以前ポロに乗っていた時に煽ってきたアリストもそうですが、何かしら自分の力を見せつけたくて(たいてい、見せつける相手が助手席に乗っている)、無駄な空ぶかししてすっ飛ばしてるバカばかりです。
もしくは、「自分だけよければいい」的な自己中なバカです。この前も六本木で、対向車がいないことをいいことに、反対車線に飛び出し、前のクルマを追い越して交差点に入っていったバカなクルマがいました。
またその車種がレクサスLSだったことがバカっぷりに拍車をかけています。レクサス乗りは危ないし肥だめクサイので六本木に来ないでほしいと本気で思いましたね。
あなたたちには多摩川の南か荒川の北、もしくは江戸川より東がお似合いです。

本来的にはそういうバカには免許を与えないでほしいものですが、それでは自動車産業がやっていられないので、今のように誰でも彼でも30万程度の「授業料」を払えばライセンスがもらえる仕組みになったのでしょう。

で、その危険ドライバーのタマゴみたいな、脳みそ空っぽで社会常識もわきまえないくだらない人間どもが、通っていた教習所の倒産で免許が取れなくなり、説明会で女社長を土下座させたあげく罵倒、さらにケータイで土下座する社長の写真を撮りまくるという、非人道なことをやってくれました。

詳しくは、痛いニュースでもごらんください。

確かに、通っていた教習所が、教習課程で倒産、以後免許取得のための教習ができなくなる、おまけに払い込んだ授業料も戻ってこないとなれば、怒って当然です。教習所側の誠意というものを見せてもらわなければ腹の虫も収まらないでしょう。

しかし、口汚く罵ったあげく、社長を土下座させ、「保険をかけて死ね」などの罵声を浴びせてケータイで撮影するという、高校生とは思えない鬼畜な行動。
自分に正義があれば、相手をどれだけ辱めても許されると思うその単純な思考回路は、派遣労働者を使い捨てにして日本経済のためとのたまうアホ経団連にも通じるところがあって大変興味深いのですが、なにより、こんな相手を辱めて写真を撮るなんてやり方をどこで覚えたのでしょう。

多分ドラマですね。マスコミのせいです。

ええ、マンガやアニメのせいにはしませんよ?(笑)

とはいえ、この倒産、実は社会のためには良かったのかもしれません。
こんなに低い精神性の若者が、免許を取得すれば、どうせ危険運転からのひき逃げという即死コンボに決まってますから。

というか、罵声など浴びせたり土下座などさせないで、もっと冷静に教習所側の非を責めれば良かったのです。そうすれば、教習所側の無策無能が露呈されて、市民のヘイトは教習所側に集まったことでしょう。
この事件で、かえって教習所側への同情が集まり、若者達の民度の低さが露呈、叩かれる原因になったんじゃないかと思うわけです。

ほんと、バカですね。免許与えなくて良かったと思います。

しかし、この教習所女社長の佐藤女史。
実は厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で、使用者代表として名を連ねていたこともありました
労働条件分科会といえば、あの奥谷禮子女史が有名なあのやりとりをしたことで有名です。
その会議にあの土下座女社長は、奥谷女史と同じく使用者代表の立場で出席していたというのです。
どのような過程で選考されたかは分かりませんが、これは大変興味深いことです。

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五輪だというのに戦争勃発!

世界中が平和の祭典開幕(笑)と騒いでいる最中、ロシアとグルジア共和国の間で戦争が勃発した模様です!

ちなみに私は、今週末はストラテージゲームをやろうと、本日発売のヨーロッパユニバーサリスローマというゲームを買ってきたばかりでした。

ゲームで戦争をやろうとしたら、リアルで勃発とか、どうなってるんだという気持ちですが、それにしてもグルジアも、ロシアも、独立を主張してた南オセチアにしても、たまりかねるものがあったのでしょう。

その気持ち、よく分かります!

ちなみに、私はこの地域での政治や歴史など、詳しいことは分かりません。
ネットで調べてみて、だいたいの事は分かりましたが、何かを語れるほど知識があるわけではないので、今回の件については、見守ることにしました。

しかし。

私はこの動画を見た時、人間、民族というのはわかり合えないと思いました。

この演出に、恣意的なものがあると思ってしまうのは、もしかしたら私が狭量だからかもしれません。

しかし、日の丸と中国の国旗を並べて降って、うれしそうにほほえんでいる日本選手団を見て、やりきれないというか、やり場のない怒りに襲われました。

これが星条旗やユニオンジャックなら、釈然としないまでも、まだガマンできたかもしれません。
しかし、ここ最近の中国の挑発的な態度、併せて福田首相の媚中的な態度に苛だっていた最中だったので、なおさらムカっ腹がたったのかもしれません。

そう言えば以前のWCの再、中田英寿選手が君が代を歌わなかったことで問題になったことがあります。

個人の信条は、個人のものですので、どう思おうが結構な事ですし、国旗や国歌をどう扱おうが、それも勝手だと思います。中田選手の場合、特に歌わなかった事に対しては、信条的な理由ではなかったのでことさらですが。

しかし、日本国の代表として選ばれている以上、国民に応える態度を取るのは当然ではないのか、と思います。

なぜなら、彼らが、日本そのものであり、日本人の誇りであるということです。
特に、オリンピックや世界選手権など、国家間で優劣を決める競争というのは、ある意味国家戦の意味合いもあります。
それは人が死なない戦争である、とも言えます。いや、冷戦時代には、事実死んだ時さえありました。

オリンピックとは、平和の祭典といいながら、一方でキナ臭さも漂っているのです。

こういう狭窄的な国家主義は、今のグローバリゼーションの中ではかび臭い考えかもしれませんが、しかしそのような主義が残り、またそれがきっかけで戦争が起きている事実がある。

戦争を招くような主義は悪である、と、民族主義を否定するのは簡単な事です。
しかし、国家に誇りを持つこと、民族を誇りを持つことは、中田選手が君が代を歌わない「自由」があることと同様に、本人の自由です。
戦争は悪です。人が死ぬことは最悪なことです。しかし、それ以上に国家や民族を侮辱されることを恥と感じ死よりも苦しいと思う人がいることも事実です。

それは、社会性の動物である人間としては、ごく自然の行為であると言えます。
どっかの国は国旗を燃やしたり、天皇のお写真を燃やしたりしていますが、このような侮辱行為を平然とできるということは、相対的に社会性が未熟であると言えるわけですね。
(こういう発言も同類なのでしょうが。でも、事実なので仕方ない)

そして、多数の人が日本選手団や日本代表を「日本人の代表」としてシンパシーを感じ、応援しているとするなら、それに応じるのが代表としての態度だろうと思うわけです。
私は中田選手が歌わなかった理由については、理解します。しかし、以上のような理由により、同意はできない、と思っています。

もっとも、あくまで私の私感であり、この考えを他人に押しつけるつもりは毛頭ありませんし、もちろん中田選手を非国民と責めるつもりも全くありません。

さて、話を戻しますが、そのような日本代表に、自国の国旗を振らせた中国共産党の思惑、それを容認した日本政府やJOCの思惑というのは、どういったものなのか。

中国の属国になるつもりでもないなら、どれだけ平和ボケなのだ、という感じですね。
あの入場行進を見て、愕然としたのは、私だけではないと思います。

とりあえず、福田首相発言まとめというページがあったので、リンクしておきます。

どこの国の政治家? こいつ・・・

そういえば、その福田首相は開会式に出席していましたが、日本選手団が中国国旗を振る姿をナマで見られて、さぞご満悦だったでしょうな。

今回のまとめ:
福田首相。日本に帰ってこなくていいです。

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TBSのある赤坂という街

郵政公社の役員が奥田、奥谷の2トップだったことにビックリ&ガックリしてるゆきです。

さて、本日のお題は。

「日本の母親、息子の勉強前に性処理」「日本の女子高生、食物でセックス依存症に」…毎日新聞、“変態ニュース”を5年に渡り世界発信→批判受け削除

また、ソースは痛いニュースなのですがw

「ご指摘の英文記事は過去に配信しておりました。ご批判は謙虚に受け止め、削除する措置を取りました」

らしいですが、批判されたから削除というより、例えば受験勉強のために母親が性欲処理をするとか、六本木のレストランで獣姦まがいのマネをするとか、よくも根拠のない、というよりポルノ小説まがいの事を書き連ねられるものです。

毎日新聞はよっぽど日本、および日本人を貶めたくて仕方ないのですね。

そういえば、毎日新聞系列のTBSは赤坂という街にあります。

行ったことがある方は知ってるかと思いますが、TBSの北側には、かなり広大な地域にわたってコリアンタウンがあります。

通りを入ると日本語よりもハングルだらけになるという一角。焼き肉屋と韓国料理の店が軒を連ねます。焼き肉屋の隣が韓国料理屋でその隣がまた焼き肉屋、といった感じの街です。

繁華街からちょっと裏通りを入ると、まるでソウルの南大門にでもいるような錯覚におちいってしまいます。
(上記リンクより引用)

東京にいながらソウルの中央通りにいると思ってしまうくらい規模が大きいということですね。

で、赤坂の韓国料理店は、どうも周辺企業(どことは言わない)の接待などにも使われるらしく、高級店が多いんだそうです。利用者も接待される側も、日本料理より韓国料理が好きな人達がそれだけ多いということなのでしょうね。

ついでにヤクザの事務所も多いカンジです。繁華街だから仕方ないとは思うのですが、街を歩いてると高確率でヤクザベンツに遭遇しますw

だからなんだ、と言われても困るのですが、ともあれ、TBSの側にコリアンタウンがあるっていうだけの話です。

ちなみに私は韓国料理が苦手です。
酸っぱいのがダメなんだよね…。

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シューターが殺人鬼呼ばわりされた日

大好きな海腹川背さんのblogに紹介されたおかげで、最近アクセス数が伸びまくって調子にのってるゆきです。お元気でしょうか?

私は友人づてにいろんなゲーム会社のダメダメな実態を聞かされウンザリしてるところです。どことは言いません。察してください。

さて、今日のお題はこれ。

「『東方』は、美少女らがナイフを敵に浴びせて倒すゲーム。『東方』『ひぐらし』『DOAXビーチバレー』…ゲームと無差別殺人、因果関係は?」…ZAKZAK

詳しくはリンク先を読んでいただくとして、1(へっぽこ)シューターとして言ってやりたいことがあります。

シューティングは関係ねぇだろ!

というか、東方シリーズをやってて凶暴になって殺人鬼になるなんて可能性があるとは到底思えません。

私も当然のように東方シリーズは(PC-98版も含めて)プレイしていますが、東方をやって人を殺したくなった気分になったことなどありません。

容疑者がマスコミに対する影響力が強いどこかの会社に派遣されていたせいか、マスコミはこぞって容疑者の犯行を個人由来、そして彼の嗜好起因のものとしたがっている節があります。

すなわち、彼の置かれた環境や、二転三転する雇用関連の通達などはガン無視、彼がゲーム好きだから大量殺人を起こした、という小学生の作文なみの構成力で稀に見る大犯罪を片付けようとしています。

これが日本のジャーナリズムというのだから呆れてものが言えません。

で、その稚拙なジャーナリズム(笑)が述べる、今回の事件の犯人、および同類とされるオタクの危険性。

・残酷なゲームをやっていると、残酷な事、人殺しに抵抗を感じなくなる。
・最近のゲームは表現力が高くなったので、現実と虚構の区別がつかなくなったユーザーが多い。
・ゲーム内に登場した武器を所有することを喜びに感じる人種。
・二次元の美少女を「嫁」とか言ってるヤツは犯罪予備軍。
・まともに恋愛するコミュニケーション能力(笑)がないから犯罪を犯す。

まあ、東方に限っては上3つはなさそうです。

結局、ゲーム好きっていう人間(=マイノリティ)を槍玉にあげて、危険な存在と喧伝しているわけです。

言うなれば、露骨な差別です。

マスコミの人は韓国や中国の方を差別すると人権侵害と言うのに、ゲーマーを差別するのに躊躇がないのはどういうことなのでしょうかね?

関東大震災の時に朝鮮人が暴れるという理由で虐殺されたそうですが、それも元はと言えばデマが発端だったと言います。
今、マスコミが必死にクライアント様を守るべく展開してるオタク危険論は、このデマと同質のものではないのかと思います。

というか、身障者や在日外国人に対する差別は丁寧に避けているマスコミも、オタクの人権を守ろうという意識はない様子です。

というか、普段は人権人権と騒いでいる団体や運動家がこの事に抗議しないのはおかしいと思います。韓国人や中国人が差別されれば大騒ぎのくせに、日本人のオタク人権侵害はOKの構えなのでしょうか?

犯人の人間性、事件が起きた現場があまりにキッチュなため、そのような短絡的な論を信じてしまう一般人(ここでは、ネットなどでマスコミ以外にニュースソースを手に入れられない人を指します)を、このような方向で扇動して、なんになるのか。

もちろん、あれだけの事件を起こした加藤容疑者はしかるべき法の裁きを受けるべきです。私は彼の行いを弁護するつもりは一切ありません。

しかし、このような「東方シリーズ」などの(ほとんど)無害なシリーズを引っ張りだしてきてまでオタクを叩きたいとする既存情報企業の態度はいかなるものか。
サブカル方面で有名な作品のファンだったからと言うだけで、その作品を貶めるような発言を臆面も恥もなく記事にしてしまうこの腐った根性。

これでお金がもらえるのだから、どれだけ他人のふんどしで相撲取ってるんだよって言いたくなります。

また、御用コメンテーターらしき二人のジャーナリストの言もヒドイものです。
これは、彼らの発言が情報発信者の都合がいいようにトリミングされている可能性もあるので、鵜呑みにはできませんが、少なくとも「オタク=犯罪予備軍」という図式の援護射撃している事は否定できません。

というか、ホントバカなんじゃないでしょうかね?
しかるべき教育を受けて社会に出てる人間の思考と結論とは思えません。
このように劣化した記事を書くから、世間はマスコミ不信になり、マスゴミなどとあざ笑われる存在に堕していることに気づいてほしいものです。

それにしても今回の事件。一部では「加藤の乱」などと言われ、容疑者は既存社会、いわゆる小泉改革以降の新自由化(というなの政府による責任放棄)に反対する人々、それも低所得層に一定の支持を得そうな勢いです。
また、事件そのものには怒りを感じるものの、彼を犯罪に駆り立てた社会のシステム、特に現代の奴隷制度とも言われる派遣業などに対し疑問や憤りを感じている人々は、容疑者に同情、同感を得ている人もいるようです。賛美する人さえ現れかねない勢いです。

問題は、ここじゃないでしょうか?
すなわち、大量殺人者の立場や社会環境に共感してしまう(おそらく)若者が多数いるという「現実」。
当たり前ですが、人間は貧しくなればなるほど、犯罪を犯しやすくなります。故に西郷隆盛は民を大切にしなければ、やがて社会不安を招くと言っていたのです。

平和な時代ならば、加藤容疑者は責め責められて、誰の同情も買わなかったはずです。
しかし、今はどうか。
政府の失政が続き、国力を保つには同国民を奴隷化しなければ立ちゆかない無能な企業を支援するばかりとなり、結果として国民の不満は蓄積され続けています。

元来、日本人はすぐさま行動を「起こせない」人種です。沈黙は金なりと、本気で思っている人種です。腹にたまりかねる、という言葉がありますが、要するに不満は腹にためこんでしまう人種です。
ゆえに、加藤容疑者と自分を重ねてしまう。彼が悪であると知りながら、しかし社会への不満から、彼の行いを正当化してしまう。

そんなジレンマがある。これは、今のうちに手を打たなければ、やがて日本で大きな騒乱につながるのかもしれない。
普通ならば、そう考え社会不安の除去に努めるのが政治家です。
しかし、経団連の犬となった政府、そしてマスコミは加藤容疑者本人の資質の問題ばかりをクローズアップし、彼の背景と、彼と立場を共有する人々の救済を考えない。

ガソリンが値上がりすれば、自動車が減ってエコになる。だけどガソリン税は道路整備に使うなどと、詭弁を弄するバカな政府になにを期待するのでしょうか? 期待しません。
腹にたまりかねています。
あまりの原油高に、イカ漁が停止し、築地ではさっそく値段が1.5倍に跳ね上がりました。
イカ漁師さんは、燃料費の支援を、と政府に求めています。が、それに対するレスポンスはありません。ヘタをすればイカ漁が減ればエコになるwとか思っているかもしれません。

貧乏人は、イカの代わりにコンニャクでも食ってろ、とでも言うのでしょうか?
そのコンニャクにしたって、輸送費がかさめば、それだけ庶民の口に入りづらいものとなります。

そして、トヨタの元社長が、「環境への取り組みは産業界ばかりではなく庶民にもやらせろ」という、もっともなんですがお前が言うな的な発言を行っています。

このような、大企業優先の政策ばかり行っていれば、いずれ国民の怒りは企業や政府に向けられることでしょう。

何人もの「加藤」が生まれた時、政治家や企業家は心底今の失策を嘆くのでしょうか?

ちなみに私は原作ファンですが、東方厨では多分ないですw
原作以外ほとんどプレイしてないし、同人誌やIOSYSあたりのCDなどは買ってないので・・・。

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インドの本気!? 最安カー「タタ」

なにがびっくりって、この価格。
日本円で28万円。これは、スズキのツインの48万円をさらに20万も下回る激安価格。

インドの自動車メーカー「タタ・モーターズ」が発表した「NANO」は、世界最安となる10万ルピーカー。
インドといえば、スズキがシェアの半分をとっているということでも知られます。
コンパクトカーに強いスズキが、インドで小型車で成功してきたのを分析、さらにコストダウンを目指し開発した車、といったところでしょうか。

外観のデザインは、一度も黒字が出たこないことで知られる(笑)、ダイムラーのスマートに似てますね。

ただ、エンジンが600ccをわずかに上回るくらいで、馬力が33psと、日本では30年以上も前の軽自動車並のスペック。遠乗りは疲れそうです。急峻な登坂道はつらかったりするかもしれません。

しかし、最近の自動車需要が、いわゆる第三世界の方が伸びていることを考えると、このタタも実はヒットするんじゃないかという気がします。

まず、安い。所得が高くなくても手に入る。日本の都市圏のように、自動車がないほうが便利という地域は、地球全体でみたら数%という比率です。やはり、自動車を使えたほうが生活が便利になるという地域の方が多く、それらは開発が進んでいない途上国、これから伸びてくる国の方が多いというわけです。

自動車の所有率が増えれば人の行き来が盛んになり、結果として経済が潤います。途上国の発展を促す意味でも、タタのような自動車が販売されたことはよいことかもしれません。

日本としては、下から追い上げてくるライバルが増えるばかりで、困りどころかもしれませんが…。

日本国内に目を向けると、このところ自動車の需要は下がりっぱなしで、世界のトヨタをはじめとして、自動車メーカーは苦しい商戦を強いられています。

日本人そのものの意識として、もはや車はステータスにならないこと、首都圏での駐車場不足、原油高をはじめとして、維持費がバカにならなこと、そして、都市圏なら車がなくてもなんら不便がないこと…などを考えると、わざわざ車を持つ意味がない時代になっていると言えます。

同時に、自動車などに一番心を躍らせるだろう若者がほしがるような車がない。

スポーツカーがないことも当然ですが、ユーテリティカーでも便利で安くて使い勝手がいい車、というのがなくなっているような気がします。

近年、若者の間でヒットした車種というと、bB、レガシーなど、荷物が積めて遊びに便利な車、というタイプでした。
ここに、走りそのものを楽しむ車種は入ってきません。
とはいえ、スポーツタイプのクルマが絶滅したわけではありません。ホンダにはシビックRがありますし、日産にもフェアレディZ、マツダもロードスター、RX-8があります。最近では、スズキのスイフトスポーツなどもコンパクトスポーツとしてかなり楽しいらしいです。

しかし、トヨタがスポーツを切り捨てたのを見ても分かる通り、今はスポーツタイプのクルマが売れない時代です。
それは、メーカーが楽しいクルマを売らないから、という一元的な理由ではなく、スポーツタイプのクルマを造っても売れないから、というほうが原因のウェイトとしては重いのかもしれません。
おもしろいクルマがないから売れない、という意見もあります。この意見には同意しますが、しかしクルマを買うことに喜びを感じない人の絶対数が増えつつある現状で、果たしておもしろいクルマを出したからといって売れるか、というと、疑問だったりします。

結局、売れてるのはコンパクトカーで、購入しているのは女性です。
クルマも、すでに女性をメインターゲットにしないとヒットしない時代という展開になっているのかもしれません。

六本木ではよくポルシェを見かけますが、だいたいが左ハンドルでATです。
ポルシェは、右ハンドルにMT設定がありません。しかし、左ハンドルにはMTがあります。
都内で走るという事情もあって、MTでは不便というのも分かりますが、ATにするならわざわざ不便な左ハンドルを選択する理由がありません。

理由は簡単です。外車だから左ハンドル。走るのを楽しむわけじゃないから、ATのが便利。という、きわめて合理的な思索結果です。

つまり、日本国内でポルシェを乗ってる人のかなりの人が、ポルシェはスポーツカーとしてではなく、ステータスアイテムとして乗っている「だけ」ということになります。

なので、結局のところスポーツカーを出しても、スポーツを楽しむ、というよりは「かっこいいクルマを乗っているオレ」に満足する人が買うわけであって、その「かっこいいオレ」を楽しむ人さえ(庶民の中には)いなくなったということでしょう。

金持ちだったら、わざわざ国産のチープなスポーツカーを買う必要ないわけですし。

まあ、結局のところ、クルマに対する見方が大きく変わったってことなのでしょう。
今度、日産からGT-Rが出ます。あのスペックにしては800万円という破格な値段です。
これで、流れが変わるでしょうか?
個人的には、GT-Rがすごく気になります。できれば乗りたいくらいですが、世の中の反応はいかがでしょうか。たぶん、もとよりクルマに興味がない人の反応は薄いでしょう。

ともあれ、自動車好きという人種はマイノリティに転落しつつあるようです。寂しい時代になったものです。

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